In the Forest of Finland / フィンランドの森の中で

2016年の秋、オーロラを見ようとフィンランドを訪れた際、サンタクロース村で有名なロヴァニエミより100kmほど北にある北極圏の町・ルオストに行きました。ロヴァニエミからバスで2〜3時間ほどでしょうか。

スキー場があるだけの小さな町で、町の中心部にはホテルと、土産物屋とスーパーのような商店くらいしかない町です。そんな町の中心部からは徒歩で2時間ほどかかった覚えがありますが、アメジスト鉱山があることでも有名な町です。

そんな町の森の中の湖のほとりで、朽ちていく家を見ました。

地面に横たわる丸太の山を見た時最初は何かと思いましたが、おそらくログハウスのような建物であったでしょう。

もう四方が崩れ、部屋の中だったと思われる場所にはコケとベリーが絨毯のように覆い尽くし、北極圏独特の風景を彩る針葉樹の小さな木まで生えていました。

霧が深いので、森自体が地面のいたるところを水苔が覆っていて、踏むとふかふかの苔の絨毯です。その水苔の上に、スギゴケのような苔が生え、その合間に背丈20cmもないようなビルベリー、地面を這うように生えるクローベリー、そしてリンゴンベリー(コケモモ)がなっていました。

普段コンクリートジャングルと形容される東京に住んでいる自分が、そんな森の中を歩いてふとその家をみた時、感じたのが、「人が去ると元の自然に戻る・・・これこそ人が地球上でしなければならない人類の営みの本来のあるべき姿ではないか」と思わされました。

以前から、もともとコケやシダ類の植物が大好きで、アスファルトの隙間から生えるコケを眺め、コンクリートの上に溜まった砂の上に生えるコケを眺めていました。

東京に住んでいる頃、町を歩いていてよく思っていたことに、
”街中から人が消えたらどうなるんだろう・・・コケが生え、シダ植物が芽吹き、そこに植物が芽吹き、町のそこいら中を植物が覆い尽くす・・・” そんなことを夢想していました。赤と白の東京タワーに緑の苔が生え、鉄骨が朽ちていく・・・そんなことです。

田舎の山道を通った時など、落石防止なのか土石流防止なのか、山の壁がコンクリートで防護してあるものを見たことがありませんか?数十年は経ったであろうそんな壁にはコケがびっしり生えています。そこには風で胞子が飛んできたのかシダが生えていたり、飛んできたのか、鳥に運ばれたのか、崖の上の森から落ちてきたのか、広葉樹の苗木のような大きさの植物が生えています。

きっと、世の中から人がいなくなれば、まずコケが生え、そこに植物の種や胞子が落ち、植物がどんどん侵食して、緑に覆われていくはず・・・そんな妄想レベルの想いを、フィンランドの森ではを具現化するかのように実際に行われているということに衝撃を受けました。

そんなフィンランドも、ヘルシンキのような街へ戻ると、そこはもう地面は石畳だったり、アスファルトがあったり、そこをトラムが走る都会なのですが、そこから1300万人が住む東京へ帰ってくると、さらに町中がコンクリートに覆われた街になってしまいます。

また東京で普段の生活に戻るとまた考えない日々になるのですが、ふと酷暑、ヒートアイランド、大雨が降ってマンホールから雨水が吹き出した、そんなニュースを見聞きするようになると、地面をコンクリートやアスファルト固めているから、側溝から処理しきれなかった水が溢れたりするわけで、そんな時には、ふとあのフィンランドの森の中で朽ちていく家を思い出し、これは人が地球にしていいことではないんじゃないかと気づきを与えてくれ、今まで以上に強く思うようになりました。

大量生産、大量消費社会に生まれて育った現代に生きるわたしたちの行動が、100%全てエコロジーであれとは思いませんし、私自身もできません。便利なものは使っていくべきだと思います。それでも、利用するなら地球環境に少しでも配慮したものを1つでも2つでもいいので、選んで使っていくことが消費者である我々にはできることではないかなと思っています。

シャンプーを自然由来のものにする、プラスチックカップは使わずリユースできるものにする、ストローを使わずにそのまま飲む、割り箸を使わずにマイ箸にする・・・毎日でなくとも、週の半分、週に1回でも・・・そんな些細なことの積み重ねで資源の無駄遣いが減るんだと思います。

そのことが、ひいては環境に優しい製品を作っている企業や職人さんが、持続可能なビジネスになり、持続可能な環境になり、未来の子供達を含めた地球の将来の役に立つであろうと信じています。世界中でそのようなことがもっと当たり前になるといいなと世界の片隅で思っています。

北極圏ならオーロラを見れる!と思って喜び勇んで行ったのに、北極圏のロヴァニエミでも、ルオストでも、滞在した5日間はずーっと曇り見ることができず終いで、毎日フィンランドの森の中でベリー摘みばかりしていました。

オーロラは見れなかったけど、こうやって気付きを得ることができたのはオーロラよりも価値があったかもなぁと思っています。